公開日:2025年6月19日
外科医の性別とその医療行動様式の違いが、患者アウトカムにどのような影響を及ぼすのかは、近年注目を集めているテーマである。特に女性患者における性別一致(gender concordance)が患者満足度や医療の質に好影響を与える可能性が報告されている一方、長期予後にまでその影響が及ぶのかについては、十分なエビデンスが蓄積されていなかった。
本稿で紹介するのは、米国のMedicareデータベースを用いた大規模研究であり、術者の性別および患者―術者の性別一致が、90日・1年の死亡率、再入院率、合併症率といった長期術後転帰に与える影響を検討したものである。本研究は、臨床実践への含意だけでなく、医療制度の公平性という観点からも重要な示唆を含んでいる。
本研究は、2016〜2019年のMedicare Fee-for-Service(FFS)請求データを用いた横断研究である。対象は14種の選択的・緊急手術を受けた65〜99歳の患者228万8279人。術者の性別はNPI番号に基づいて同定され、術者・患者の特性に加え、病院固定効果を含めた多変量回帰モデルによって、主要アウトカム(90日・1年死亡率、再入院率、合併症率)を評価した。
手術の緊急性(選択的 vs 非選択的)で層別化することで、術者による患者選択や術前管理の影響を分離しようとする設計も、本研究の説得力を高めている。
1. 術者の性別と死亡率
調整後の90日死亡率は、女性術者2.6%に対し、男性術者3.0%(aRD −0.3pp)、1年死亡率では女性3.9%、男性4.4%(aRD −0.5pp)と、いずれも有意に低下していた。この差はelective surgeryに限定され、緊急手術では有意差を認めなかった。
2. 性別一致と再入院・合併症
女性患者において、女性術者による執刀は、90日再入院率(7.3% vs 7.7%, aRD −0.4pp)、合併症率(12.2% vs 12.8%, aRD −0.5pp)をいずれも有意に低下させた。一方、男性患者では術者の性別による違いはなかった。
女性術者の術後転帰改善の背景要因
女性患者における性別一致の意義
この研究は、性別の違いが単なる社会的属性ではなく、臨床成果にも影響を与えうる重要な変数であることを示唆するものである。特に、女性術者が依然としてマイノリティ(米国における一般外科医のうち女性は24%)であり、紹介患者数や報酬面での格差が残っている現状に照らせば、制度的配慮が求められる。
術者選択や手術計画立案の場において、患者の希望する性別やコミュニケーションスタイルへの配慮は、QOL向上や予後改善に資する可能性がある。
今後は、定性的研究(インタビュー等)や異なる医療制度における外部妥当性の検証が求められる。
本研究は、術者の性別および患者―術者の性別一致が、長期にわたる術後転帰に有意な影響を及ぼしうることを示す初の全米規模のエビデンスである。性別に基づく医療者の特性理解と、それに基づくチーム編成や患者対応の工夫が、今後の質改善の鍵となる可能性がある。
術者の性別は、術後の死亡率や合併症率といった長期予後に有意な影響を及ぼすことが示された。特に女性患者において、女性術者との性別一致は良好なアウトカムに繋がる可能性が高く、今後の外科医療において性別に配慮したケア体制の構築が求められる。
参考文献:
Zaman S, Wasfy JH, Kapil V, et al. The Lancet Commission on rethinking coronary artery disease: moving from ischaemia to atheroma. Lancet 2025; published online March 31. DOI: 10.1016/S0140-6736(25)00055-8